1月号です。今年も心をこめてお話し致しますので、宜しくお願い申し上げます。
今月の演題は「何もかも大切にできる力」です。
人生を豊かに暮らす方法
このお話を作るときに、まず演題を1ヶ月ほど前に考え、
この演題の何もかも大切なことについて、
「こんなことが大切なことだし、これも必要なことだなあ」と、
気づいたことをノートに書いて、それをまとめていきます。
こうして1ヶ月くらい「何もかも大切にできる力」といことについて考えてきて、その間に
失敗したことや嫌な出来事、不満になることが起きてきたときに思ったのです。
「私は今度『何もかも大切にできる力』というお話しなくてはならない。
こんな時に不満を言っていてはいけないし、この不満な出来事の中から、
どのような大切なことを見つけたらいいのか」と、考えられるようになったのです。
この演題のテーマだけでも、日ごろ大切に心の中で思っていると、
そのように自分が変わってくるのだということを知りました。
抽象的ではありますが、
たとえば道を歩いているときに、石につまずいて転んでしまった。
そのときに、手や足や腰を打ってしまった。すごい痛い思いをした。
その体験を振り返って、「大変な目にあって、損をした」ではなくて、
「何か大切なことを知らせてくれたのではないか」と、このように物事を考えられるようになれば、人生をより豊かに暮らすことができると思うのです。
ですから人生の中で何もかも大切にできる生き方ができたら、
こんなに素晴らしいことはありません。
運命の善意を知る
この何もかも大切にできる力について、
ある一人の女性の生き方を省みて考えてみたいと思います。
少し引用が長くなりますが、ご勘弁ください。
この女性は49才でガンになって亡くなりました。
亡くなる前にこんな言葉を残して亡くなっていったのです。
ね、私って、子どもを残したわけでもなく、
これといった仕事の成果を残したわけでもなく、
ただ辛い中で競争心だけを燃やして生きてきただけなんです。人生に意味があるなんて思ってもみませんでした。
でも、いま私はよく分かったのです。「運命の善意」を知るために、私の辛い一生が与えられたのだということが。
この言葉を残して翌朝、穏やかな顔をされ亡くなっていきました。
この女性のとても辛い人生のなかに、自分を育てる大切なものがあったのです。
このお話が出てくるのは『死にゆく者からの言葉』(文春文庫)という本からです。
書かれた人は鈴木秀子さんです。
鈴木さんは聖心女子大学の教授を経て、
国際コミュニオン名誉会長をなされておられます。
では、この本にでてくる美雪さんという人の生き方を追いながら
なぜこの言葉が出てきたかを考えてみましょう。
彼女は49才でガンに侵(おか)され、気づいたときには末期であり、
手遅れの状態でした。
美雪さんは九州生まれで、18才の時、東京に出て来て
一度結婚をしたのですが、すぐに離婚してしまい、
30年近く一人で暮らしてきました。
末期ガンになって病院に入院し、鈴木秀子さんに是非お会いしたいということで、
鈴木さんが病院へお見舞いに行ったわけです。
鈴木さんは臨死体験をされてから、病気の人と手を握ると、
その人の心に思っていることが分かって、奇跡的に病気が治ってしまう
という事もあったようで、不思議な力をもった方でもあります。
美雪さんが初めどのような状態であったかというと、
「どうして自分だけが、こんな不幸な目にあうのか!」という思いが強く、
そのために絶望に陥り、まわりの人の悪口ばかりを言い、
そのためにしだいに見舞いに来る人もいなくなり、
人相さえも悪くなってきたといいます。
くぼんだ目をぎらつかせ、
運命に対する恨みや不平不満を鈴木さんに語ったようです。
そして鈴木さんに
「聖人づらして・・・。私は神様など信じない。
何も悪いことなどしていないのに、こんなひどい目にあわせるなんて」と、
同じことを何度も言い、まくし立てるのです。
「何も悪いことをしていないのに、こんなひどい目に合わせるなんて」
という言葉は、よく聞きますね。
鈴木さんが3度目にお見舞いに行った時には、「運が悪い」と繰り返します。
こんな人が今亡くなっていけば、
幽霊になって、ばけてでそうな迫力さえあったといいます。
こんな状態の人がなぜ、あの最期の言葉を残せたのでしょう。
鈴木さんが「生まれ落ちた時から運が悪いってどういうことですか」
と聞くと美雪さんは、少し素直な心になって、こう語ったのです。
もう40年以上も前のことです。
6才ころに縁側で浦島太郎の本を見て、竜宮城の美しい風景に見いっていると、
おばあさんが、「お前を、竜宮城へ送ってあげたいね」といいます。「カメに乗っていくの」と私。
するとおばあさんは、
「お前はお父さんとお母さんが失敗して出来た子。
だれも赤ん坊を欲しくなかったのだけれど、できたものはしょうがなくて、
生まれてきてしまったんだよ」というふうに言ったのです。私はそんな思いを抱えながら、
「私はこの家の子」だと思い、一生懸命勉強をしました。心のなかでは、
「私を竜宮城へ行かせないでください。お父さんお母さん、私を受け入れてください」
といつも思っていたのです。「私は親に拒絶され、この世に受け入れられない人間なんだ」
という思いでずっと苦しみ続けてきました。
そんな話を鈴木さんに話しながら心を素直にさせていくのです。
今日おばあさんの夢を見たのです。
おばあさんがカメに乗ってね、私を迎えに来てくれたんです。
私もそろそろこの世とお別れするときがきたかもしれません。
こんな気持ちになって一つ気づいたことがあったのです。
おばあさんがあの時、竜宮城へお前を連れていってあげたいという真意は、
私を邪魔者扱いにしたのではなくて、せっかく生まれてきたのだから、
温かな人たちと心が通い合う所へいかせてあげたい。
本当はそう願っていたのだと思います。
この発見をして、美雪さんは前述した最期の言葉を残し、
静かに亡くなっていきました。
考えてみると、最初、美雪さんは自分の運命を大切にできなかったわけです。
「失敗してできた必要のない子」と知れば、誰でも不良化していきましょう。
でも、自分の心に素直になって、穏やかに人生を振り返り、
実は私は貴重な人生をいただいたんだと発見できるようになりました。
「運命が悪い」と言い続け、実際そう思っていた美雪さんが
「運命の善意」を知るために、辛い人生があったのだと知りました。
このとき自分の人生を受け入れ、
何もかも大切な学びであったことを知ったわけです。
おばあさんの竜宮城へつれていってあげたいという思いが、
心のかよう温かな人がいる所へという意味なのだと知ったとき、
おばあさんの優しさが分かり、
美雪さんにも味方してくれる大切な人がいることを知ったのでしょう。
「必要とされる」ということが
いかに人生を生きるための力になることを感じます。
「私は必要とされて生まれてきた」という考えが、
人生の出来事の何もかもを大切にできる、
一つの大きな力になっていくのかもしれません。