法華経の詩

法華経の詩(160)|嘱累力品 第二十三(6)

仏 世尊は さらに続けて
偉大なる志を持つ
宿王華菩薩に
語った

日月浄明徳如来が
涅槃に入り 亡くなって 遺骨になった
喜見菩薩は
自分の腕を七万二千年年の間燃やし
続け
如来の遺骨の塔に供養した

そして 
この腕を燃やし捨てた時
黄金色に輝いた身体を得て
腕よ「もとのとおりになれ」と念じると
不思議に もとのとおりにもどった
これは彼の喜見菩薩が
偉大な智慧と福徳の力を
具えていたからである

良家の子女が
この上ない「さとり」をこいねがい
同じように 
自分の手の指とか 足の親指を
燃やしたとすれば
多くの福徳を得るにちがいない

しかし
いかに腕を燃やし
遺骨の塔に供養したとしても
この法華経という
正しい教えの白蓮という教説から
四詩節 いや 一詩節でも
記憶する良家の子女ほど
福徳を得ることはない

法華経の一節でも記憶する
その者の福徳の蓄積は
偉大なのだ

法華経の詩
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