今月は「お葬式になぜお酒を飲むのか」についてお話し致します。
(蒲池勢至説参考)
若い人が言われるのは、
「亡き人との別れは悲しくつらいのに、
どうして通夜の席でお酒など飲むのですか。
不謹慎ではないでしょうか。意味が分かりません」
という主張です。
よくお酒は、楽しみで飲んだり、
祝宴のようなお祝いの時に飲んだり、
あるいは心を癒すために飲んだりで、
辛いお別れの席に飲むという発想はないようにも思えます。
このお酒を飲むというのは、
亡くなった人は無になって灰になってしまうのでなく、
別次元の世界へ行くので、お別れの意味でお酒を飲むのです。
共同飲食といって、
お別れのために共に食事をし、お酒を飲み、
お別れをするのです。
お酒を飲み食事をすることをデタチ(出立ち)の膳といったり、
一膳飯とか、別れ飯などと言っていたのです。
この時出るお酒をオタチ酒とかハバキ酒と呼んでいました。
出棺の時に、身内の年下ものから一杯ずつ飲むのを
「出舟のさかずき」と言っている地方もあるようです。
ハバキ酒の意味ですが、昔の人が遠くに出かけるとき、
脛(すね)にまき着ける脚絆(きゃはん)のことだそうです。
昔の人は死んだら終わりとは考えず、
遠くに旅立っていくのだと素直に信じ、
そのためにさまざまな儀礼を行ってきたのです。
亡き人に杖を持たせたり、三途の河を渡るにも六文銭を持たせたり、
今では「六文銭など迷信で、こんなもので渡れるのか」
と冗談でいう人もいますが、そのわずかなお金でも、
三途の河を渡れるようにと、亡き人のことを大切に思う気持ちが、
その六文銭に込められ、その尊い思いが、三途の河を渡る大きな力になるのです。
近畿地方では、嫁入り前の祝宴を出立ちなどといい、
お酒を飲むことが、家や村からの離れていく決別の意味があったようです。
ですから、亡き人は、無になるのでなく、遠くに出かけ、
そのお別れの意味でお酒を頂くのです。
今は火葬でお骨にして墓地に納めますが、
昔は土葬で、お墓に穴を掘る人は大変な思いをして、
その仕事に携わりました。
その時に、死は生きる者にとって凶事であり、不吉なことであったので、
清めのためにお酒を飲んだのです。お酒は清めの力もあるのです。
昔から庶民が信じてきた儀式の意味を、仏教ではしないと否定せず、
その思いをくみ取ることが大事だと思います。