今月は「羅漢」(らかん)のお話を致します。
この羅漢は禅宗で特に大切にされている仏様です。
もともと羅漢は阿羅漢(あらかん)を略した名前です。
阿羅漢とは、尊敬に値する人という意味ですが、
もうこの世に生まれ変わって、修行をしなくてもいい人たちをいいます。
人は人格を高めるために、何度もこの世に生まれて修行をします。
その修行が足りない人が、亡くなると六道といって、
地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天の世界に行き、
そこでの修行で、六道の中の人間世界まで昇ってから、
また、この世に修行に生まれてきます。
そしてこの世でしっかり修行をし、
悟って、自らの人生の課題を終えれば、もう六道に行くことなく、
六道を越えた別次元の世界へ帰っていきます。
そして今度は、自分の意志でこの世に生まれ、人々を導く仕事をします。
その人たちを阿羅漢と言い表しています。
またこの羅漢を「無学」とも言っています。
無学とは学(がく)が無いと書きますので、
知恵の足りない人と間違いやすいのですが、そうではなく、
もうこの世で学ぶものがなくなったという意味なのです。
もう学ぶものがなくなったので、
前述したように、六道に帰っていくことがなくなり、
もしこの世に生まれてくれば、人々を導く仕事をするわけです。
禅宗では特に十六羅漢を絵にし、
それを掛け軸して祭っているところが多くあります。
あるいは五百羅漢も有名で、これは石に彫刻したものがあります。
髪を剃って、衣を着、袈裟を付けています。
姿はお坊さんの姿をしていて、五百羅漢などは、さまざまなお顔をしていて、
苦しみの顔や、笑う顔あり、泣くものあります。
学び尽くす前の、さまざまなこの世の苦楽の世界を、
さまざまな表情で表しているのかもしれせん。
この五百という数字は、お釈迦様が亡くなられた後、
結集(けつじゅう)といって、お経の編纂(へんさん)会議が開かれたとき、
五百人の羅漢が集まったことに由来しているようです。