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みにミニ法話

(212)「魂を鍛える」

魂は、心とも言っていいですし、
この身体に重なっている霊的存在といってもいいと思います。

生まれてくる前の、私であり、死んで後、この身体を抜け出して、
あの世に帰る私自身と言ってもいいと思います。

考えてみれば、
私たちはこの身体を鍛えるために生まれてきたのではありません。
この身体に宿っている魂を鍛えるために、この世に生まれ、
さまざまな体験をしているのです。これが真相です。

この世では、この身体を維持していくためには、
大変な労力と管理が必要です。

この身体を守っていくだけでも、魂を鍛える生き方をしていると思います。
身体を維持するためには、食べなくてはなりません。
衣服もいりますし、住む場所もいります。

そのために働き、お金を得なければなりません。
これだけでも、大変な修行です。

さらには、この魂自身を鍛え正しく制していかなくてはなりません。
せっかく仕事を得て、この身体を健康に維持していても、
意地悪いことをしたり、貪欲な思いになったり、怒りを何度も発して、
人を傷つけるようなことをしていては、決して魂のためにはなりません。

この魂を高め、大きなものにしていくための方法を得て、
その方法にそって生きていくことが大切なわけです。

この魂の栄養になるものといえば、身体が食事を取って健康を保っているように、
いただく食材が大事になるわけです。

その食材に当たるものが、
誠実さであり、思いやりであり、愛とか慈しみの思い、努力や勇気といった、
人として生きるために大切な考え方になります。

貪欲な思いを魂が食べれば、
魂は光彩を失い、どす黒くなっていきましょう。
誠実さを食べれば、
魂は生き生きして、光彩を放ち、透明感あふれるものになっていきます。

魂を鍛えるとは、
このような心の食材を取り、魂の健康を保っていくことになります。
日ごろ自分は何を魂の食材としているかを、よく見極め、
正しく栄養化のあるものを魂に食べさせいるかを顧みてみましょう。

やがてこの肉体を離れるときがきますが、
魂をちゃんと鍛えていた人は、後悔の少ない一生を得ることでしょう。