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みにミニ法話

(168)「悲しみを抱く」

悲しみはできればないほうがいいのですが、
長い人生のなかで、悲しみは必ずやってきます。

この悲しみを味わうことで、
人はみな他の人の心を理解することができ、
それゆえに相手の気持ちを大切し、
互いが助け合える関係を築きていけるのだと思います。

そのように悲しみを受け取ることが大事であると思います。

報道の加熱もありましょうが、
最近子を殺す親や、親を殺す子が目立ちます。

それは互いに悲しみを知らないからです。

鬼子母神という話を知っている人も多いと思います。

お釈迦様の時代の話で、鬼子母神なる彼女には千人の子供がいました。
その子ども達に他の人の子を食べさせて暮らしていたのです。

子を取られた母たちはみんな悲しみにくれ、
「なんとかしてください」とお釈迦様にお願いします。

お釈迦さまは、神通力を使い、彼女が一番可愛がっていた一番下の子を隠します。
可愛がっていた子がいなくなって彼女は必死で子を探し歩きます。

しかしどこにもいません。
聞き伝えでお釈迦様のもとにいると知った彼女は「私の子を返せ」と頼みます。

そのときお釈迦様は
「あなたには千人の子がいるのに、
一人いなくなっただけで、悲しみにくれて、
その子を探し回っているのですね。
あなたに食べられた子の母親たちは、
たった一人の子どもしかいない者もいるのです。
その悲しみがあなたに分かるでしょうか。
今、子を失ったあなたであるならば、
母親たちが我が子を失った悲しみが分かるでしょう。
分かったなら、人の子を傷つけてはいけません。
そう約束できるのなら、あなたの子を返してあげましょう」

彼女はしみじみと我が子を失ったことの悲しみを知り、
以後、子どもを守る神様となり鬼子母神といわれるようになりました。

こんなお話です。

悲しみを知った彼女は他の人の悲しみを知り、
知る事で相手の子を守る立場に身を置きました。

きっと鬼子母神は我が子を失ったときの悲しみを忘れず、
心に抱き続けているから、神様になれたのでしょう。

悲しみを知ることに勇気を持ちましょう。
そしてその悲しみを静かに心に抱きしめながら、人の幸せのために生きるのです。