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法話

爽やかな向上心 2 自分が自分を守る

先月は「変化の中で学び、向上していく」というテーマでお話を致しました。
自分がさまざまな体験を通して変化し向上していくというお話でした。
続きです。

自分を大切に扱う

爽やかに向上していくために、自分自身が自分をあまりいじめないで、
自分が自分を守っていくという考え方も大切になります。

そのために、自分を萎縮させてしまうような思いを持たないこと。
自分が自分をダメ人間にしてしまったり、自分の心を汚すような言動を慎むことです。

「私はダメな人間だ」
「私は何をしてもうまくいかない」
「私ほど不幸な人間はいない」
などと、言わないことです。

衣服でも大切に扱っていると長持ちします。
洗濯機に
「ありがとうね。ご苦労様。
お願いします。頑張ってくれましたね。
おかげで衣服がきれいになりましたよ」
と、話しかけながら使っているという、
ある女性の話をどこかで読んだことがあります。

洗濯機ばかりでなく、冷蔵庫や掃除機にも話しかけながら
感謝の思いをさしあげるのだそうです。

そのためか、その家の電気製品は長持ちしているのだそうです。
なんでも大切に扱っていると、壊れにくく、
またきれいさを保っているのです。

自分自身も同じではないかと思うのです。

この身体さえも、いつも意識して感謝し、
使わせていただいているという感覚はないように思えます。
動いて当然のような思いでいる場合が多いのではないかと思います。
健康な若い人はなおさらかもしれません。

自分は宝石

昨年12月に、岡山市にあるノートルダム清心女子学園の理事長を勤めていた
渡辺和子さんが亡くなられました。89才でした。

たくさんの本を出され、私自身教えていただく考え方があったので、
出されている本はほとんど読みました。

その本の中にベストセラーになった
『置かれた場所で咲きなさい』という本があります。

そこに渡辺さんが24才の時に、
上司のアメリカ人神父に言われた言葉が載せてありました。
それは「あなたは宝石だ」という言葉です。

そのときまで渡辺さんは自分のことを「石ころ」だと思っていたのです。
お兄さんやお姉さんに比べても優秀でなく劣等感を持っていて、
この「あなたは宝石だ」という言葉に、一瞬耳を疑ったといいます。

その言葉が生きる自信のなかった渡辺さんを
徐々に丈夫(じょうぶ)にしてくれたと書いています。

この言葉は、渡辺さんの職場での働きではなく、
「人としての存在そのもの」
に言われていることに気づくのに時間はかからなかったといい、
その精神が、魂に響く教育こそ大切なのだという結論に導いてくれたと書いています。

仏教的にいえば「あなたは仏心を持っている」になります。

みな石ころの自分ではなく、
苦難を乗り越え幸せになっていける大きな力を秘めているということです。
そう考えていったほうが、人として向上していけると思うのです。

恵まれているところを数える

自分を守る方法ですが、そのひとつに自分の欠点や足りないところを数えるのでなく、
自分の利点や与えられているところを数える方法です。

与えられているところを数えていくと、幸せ感が深くなり、}
その幸せな思いに自分自身が癒されていくのです。

逆に、70%与えられているのに、足りない30%を数えると、
きっと心がつらくなってきます。
そのつらさが自分を傷つけ、人として向上していくのを阻害していくのです。

次の詩は、平成24年『法愛』の6月号の表紙に掲載させていただいたものです。

幸せになれる

自分の足りないところばかりを
数えていると幸せになれません
幸せになりたいのなら
自分の足りているところを数えるのです
足りないと思えば
不満もでます 不平もでます
恵まれていないと思うから
不幸だと思うのです
足りていると思えば
少しのことでも満足し
心も安らぎ
ありがたいと思えてきます
恵まれているから
相手にも分けてあげたいと思うようになります
小さなことでいいのです
恵まれているところを数えてみましょう

こんな詩です。

とかく、自分の欠点や足りないところにはとても敏感です。
相手と比較して、背が低いとか頭が悪いとか、
貧しい家に生まれた、給料が安いとかで自分の足りないところを数えてしまう。

これは自分を返って傷つけていることに気がつかなくてはなりません。

たくさんの「ありがとう」

恵まれていることを数えていくと、幸せになっていけます。

こんな詩を見つけました。
「あの日から」という題で、54才の女性の方の詩です。

たくさんの
ありがとうをいいたい
青空にも雨空にも
そよ風にも木枯らしにも
身内にも苦手な人にも
地にしっかり足をつけ
地球の元気を吸い込む
毎日の忙しさの中
見失ってた大切な事が
たくさん見えてくる
そうそれは
あの日から
がんと告知された
あの日から

(産経新聞 平成29年5月16日)

この女性はがんを告知されました。

そのがんがどれほどのものかはわかりませんが、
死のことやどれだけ生きられるだろうか、
また家族のことや今まで生きてきた事ごとを思い出したのでしょう。

当然、そこにあると思っていた青空や雨空でさえも、
自分にとっては今、ありがとうを言える大切なものとして見えるのです。
心が広がり、苦手であった人でさえも、ありがとうと言いたい。

私たちも元気なうちに、こんな見方ができればと思うのです。
爽やかな人としての姿が、ここに見えてきます。

自分にありがとうと言ってみる

この詩を書いた女性は
自分が、がんになって見失っていた大切なものがたくさん見えてきたと書いています。

ここではもう一歩進んで、自分自身にありがとうを言ってみるのです。

人に何かをしてもらったときには、ありがとうと言います。
支えていただいてありがとうと言います。

まず自分の身体からありがとうを言ってみましょう。

手さんありがとう。
いつもこの手で食事を作り、
いつもこの手で洗濯をし、洗濯物を干し、たたんでくれる。
顔を洗い、歯磨きもしてくれました。 服を着させていただき、バックを持ち、
車のハンドルを握って運転も助けてくれる。
鉛筆やペンを持ち字を書いたり、
相手の痛むところに手をあててさすってあげられる。
子ども達と手をつなぎ、神仏の前で手を合わせることができる。
いつもどれだけ私を支えてくれているか。
ありがとう私の「手」さん。

足さんありがとう。
朝起きて、寝室から居間まで私を運んでくれました。
台所に立って、朝食を用意する間、ずっと私を支えてくれていましたね。
車に乗ってアクセルとブレーキを上手に踏んでくださり、車を降りてからも、
お買い物でスーパーの中をスムーズに私を運んでくれました。
あなたのおかげで心配なく、今日の一日を過ごすことができました。
「足」さんありがとう。

この身体に重なってこの世で修行をしている心(魂)、
自分自身にも言ってみます。

あなたはよく頑張っていますね。
昨日もよく働き、嫌なことがあっても顔にも出さず、笑顔で接していました。
毎日、汗みず流しながら家族のために働き、
それに対して何のお礼もないのに、もくもくと自分の仕事をしている。
誰もほめてくれなくても、この私があなたをほめてさしあげます。
よく頑張ってくれてありがとう。
時には身体も心も休ませて、和(やわ)らぎの時間を取ってくださいね。

手や足のほかに、目や口、鼻やほほ、心臓に大腸さん。
数えきれないほど私をささえてくれている身体の諸器官にありがとうを言います。
この思いが、自分を守っていることにつながっていきます。
そしてそれがまた、自分という心(魂)をも守っているのです。

つらくとも「ありがとう」

手や足、自分のことを少し書きましたが、こんな投書がありました。
手をいたわり感謝しています。

「つらいひび割れもいつか」という題で、63才の女性の方が書かれています。

スーパーで、レジを打つ店員さんを何気なく見て、
思わず「たいへんでしょう」と声をかけていた。
どの指にもばんそうこうが張られていたからだ。

30代半ばだろうか。
その店員さんは「みっともない手ですみません」と小さな声で言った。

] 「とんでもない。もう少しの辛抱ですよ」と言った私にも、
同じような経験をして、つらかった時期があった。

結婚後、家事や育児をするようになって、毎年冬は手の指がひび割れた。
大きな傷口があいたこともあった。

痛くて、医者に見てもらうと、ぐるぐる包帯で巻かれ
「このままにして何もするな」と言われたが、主婦には無理の話だった。

しかし何年かすると、抵抗力がついたのか、ひび割れもなくなった。
レジの店員さんにも、きっとそんな日が来るはず。

忘れかけていた「手」へのいたわりと感謝を改めて心に刻んだ。

(毎日新聞 平成24年2月17日)

昔苦労して家事や育児で手が荒れて痛い思いをしたことも、
時が過ぎると忘れていくものです。

忘れるというのは、このように考えると、
神仏が私たちに与えてくださった生き抜く力かもしれません。

でも、ときどき同じような境遇の人を見て昔を思い出し、手に感謝する。
とてもいい話です。自分自身の身体に感謝して、自分を大切にしていくのです。

心にゆとりも持つ

人として向上していくことは大切なことですが、
いつもそう思って突っ走っていると、
いつか生きる力が減退(げんたい)してきます。

車でも走りっぱなしで整備もしないでいたら、
いつか故障して走ることができなくなります。

自分自身も同じで、常に前を向いて生きていくのはよいのですが、
ときにはゆっくり自分を休ませ、心にゆとりの時間を作ることも大切なことです。

ゆっくり休む時を持つと、心も平静になって、
怒りの思いも、起りづらくなってきます。

『徒然草』にこんな話が載っています。

良覚僧正(りょうがくそうじょう)という和尚さんは、とても怒りっぽい人でした。

この和尚さんのお寺に大きな榎(えのき)の木が立っていて、
みんなが「榎木の僧正」とあだ名をつけたそうです。

それを気に入らず、和尚さんはこの木を切ってしまいました。
後に切り株が残りました。

すると今度は「きりくいの僧正」と言ったのです。

そこでまた腹を立て、この切り株を根こそぎ取り除きました。
そこには大きな穴が開き池のようになりました。

そこで人びとは今度、「堀池僧正」とあだ名したというのです。

この和尚さん、厳しいご修行をしていたのかわかりませんが、
もう少し心に余裕を持って穏やかにして、「榎木の僧正」でもいいか、
と笑っているくらいが、爽やかさを感じます。

それも心のゆとりからくると思われます。

自分を好きになる

さらに自分を守る大切な考え方は、自分自身を好きになることです。
自分を嫌う人は、自分自身に対してマイナスの言葉を投げかけやすいのです。

人は普通、嫌いなものには手をだしません。
自分が自分を嫌っていては、自分自身を大切にはできないわけです。
自分がどこまでも向上させていくこともできないでしょう。

好きなものであれば、いつまでもそこに時間をかけても飽きません。
好きな自分であればこそ、どう自分を活かしていけるかを考え、
自分を大切にしていきます。

自分が自分を守る方法さまざまです。

渡辺和子さんが言われた言葉、「あなたは宝石だ」という言葉を私たちも共有し、
その考えをもとに、自分自身をしっかり守りながら、爽やかに向上していく。
そんな生き方のなかに、幸せの光が見えてきます。

(つづく)