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法話

思いが仕事をする 1 思いによってつくられる

先月は「思いによってつくられる」ということで、思いの大切さをお話し致しました。
思いをプラスの思いに変えていくと、幸せになっていけるというお話でした。
続きです。

さまざまな思い

思いには4つほどの性質があることを先月お話し、1番目の
「思いにはマイナスの思いとプラスの思いがある」ところまでお話し致しました。
繰り返しになりますが、後の3つを挙げておきます。

2、まず思いがあって、それが言葉や行動にあらわれる。
3、思いは目に見えない。
4、何を思っても自由である。

2番目の思いですが、
「あの人は言葉は悪いけれど、人は良い」とか
「言葉は荒いけれど、根は優しい人だ」と、そんな言葉を聞くことがあります。
相手の良い所を見て付き合う、大切な方法だと思います。

厳密に心の内を解き明かせば、やはり思いの中に悪い思いがあれば、
それが悪い行いや言葉にあらわれてくるのが自然であると思われます。
できれば優しい思いをそのまま言葉にあらわす素直さが、必要ではないかと
思います。

心の中で好きだと思っている人が目の前にあらわれると、
そわそわしたり、あるいは言葉に出して「好きだ」と言いたくなります。

逆に嫌いな人が来ると、その人をさけたり、その場から立ち去ったり、
「嫌な奴がきた」と呟(つぶや)いてしまいます。

尊敬する人がいれば、その人の言葉をありがたく受け取れますし、
その人の生き方を自分の生き方にしようと思います。
軽蔑するような人が来れば、軽蔑する言葉や行動が出てくるのは自然です。

このように考えてくると、思いがあって、
その思いが言葉に表現され、行いにあらわれてくるといえるのです。

3番目の「思いは他の人には見えない」というのがありました。

思いは見えないから、多くの人が一つの職場で働くことができるのかもしれません。
自分の思いが互いに見えてしまうと、「あの人は嫌い」「この人は好き」と、みな分かってしまうので、思いの違う人は同じ職場で働くことができなくなってしまうでしょう。

嫌いな人でも(お互いに心の内で感じるものはあるでしょうが)、
笑顔で挨拶をし、その場をやり過ごすこともできます。

このように思いはお互い見えません。
それがこの世では返って救いになっている部分もあります。
でも、あの世に帰ったらどうでしょう。

この身体が無くなると、
私たちは心そのもの、思いそのものの自分になります
ので、
同じ思いを持った人たちが、住み分けする、そんな世界になるのです。

それがあの世の正体でもあり、
また仏教が多くの天や地獄を説いていることにもつながっているのです。

心の中で

ある新聞に、次のような人生相談が掲載されていました。
「姑の介護たまらなく嫌」という題です。

「姑の介護たまらなく嫌」

40歳の主婦。
自営業の夫に嫁ぎ20年。
最近、80歳代の姑(しゅうとめ)が認知症になりました。
長男の嫁として世話をするのは当たり前なのですが、嫌で嫌でたまりません。

私は両親が早く亡くなり、嫁入り道具を用意できませんでした。
姑からはそのことを言われ続けました。

産後も食事一つ作ってもらえず、
「嫁に来るはずの人がほかにいたのに」と言われた時には悲しかったです。

そんな姑が小さくなり、すっかり邪念が消えた顔で私の世話になっているのです。
義姉は姑を引き取るつもりはないようです。

今の私は確かに親切に面倒を見ていますが、
心の中では「早く死んでしまえばいいのに」とフツフツとした思いを抱いています。

ただ、夫は優しくてとてもいい人ですから、
今後も姑の面倒は見ていこうと思います。
心の持ちようを教えて下さい。

読売新聞 平成20年8月17日付

ずいぶん辛い介護生活を送っていると思います。

目に見える日常では、ごく普通に介護をしていると思います。
でも心の中では「早く死んでしまえ」と思っているわけです。

これも互いの心の思いが見えないからできるわけですし、
4番目の、思いは何を思っても自由だからできることなのかもしれません。

「あの人は言葉は悪いが、根はいい人だ」というお話をしましたが、
姑さんの良い所も探して、嫌な昔の出来事を少しずつ、
取り除いていく心の訓練をしていくことが大事だと思います。

今はお姑さんも邪念が消えた顔をしているので、
実際の介護には支障をきたしていないと思われます。
旦那さんもいい人ですし、本人も長男の嫁だから面倒見るのは当たり前と思っている
優しい人なので、すべてをプラスの思いに転じていくことが必要です。

「死んでしまえ」と思っているマイナスの思いは、
以前、姑が嫁に、意地悪をしていたことと同じことをしていることになります。
目に見えないところでこのお嫁さんが姑に、仕返しをしていることになります。

さらには、このマイナスの思いが、
最も自分を傷つけていることを知らなくてはならないと思います。
そのマイナスの思いが自分を苦しめ、幸せにさせないでいるのです。

姑さんがしているのでなく、
自分自身が自分を苦しめていることに気が付かなくてはなりませんね。

ここで知ることは、自分の思いが相手に見えなくても、
恥ずかしくないような思いを常に抱いて暮らしていける、
そんな心の姿を求めていく
ことが大事であると思います。

思いが仕事をする 2 思いが自分を作る

どのような思いで生きているのか

さまざまな思いについてお話ししてきましたが、
この思いが自分自身を作っているのです。

こんな言葉があります。

人は思っているとおりの人間である
人は思考が主人であり、人格の作者である

人は相手が誰であるかを判断するのに、名刺などを交換をし、
「私はこんな会社の何々をしている、OOOOというものです」と名のり、
お互いを判断します。
私の場合は、「護国寺の住職をしているものです」といいます。

するとだいたい、相手がどのような人であるかが分かります。
年齢なども、その人の顔や姿を見ればだいたい分かります。

ここでもし、名刺に載っている会社を辞めてしまったり、
私が住職を退けば、唯の人になってしまいます。

政治家が落選すると、唯の人になってしまうとよく言われることですが、
仕事や肩書(かたがき)では、人を真に判断することはできないかもしれません。

私は檀家さんが亡くなられると、必ず「どのような人でしたか」と尋ねます。
仕事や趣味などもお聞きしますが、肝心なのは、その人の生き方や心の姿なのです。
それがないと、戒名や引導を作るときに困るからです。

「どのような人でしたか」と尋ねると、

頑固な人でした。
気さくな人でした。
優しい人だったなあ。
こわい人だった。
よく働く人だった。
几帳面な人でした。
繊細なところがあった。
人を思いやる人だった。
勤勉な人だった。
みんなによくしてくれたなあ。
明るい人だった。

など、実際の肩書ではなく、その人が生きてきた心の姿を語ってくれます。

今この「法愛」をお読みになっている方は、
「どのような人ですか」と問われると、どう答えるでしょうか。

なかなか自分で自分を答えるのは難しいと思いますが、
自分の理想とする、人としてのイメージを持っていることが大事であると思います。

自分のことは分からなくても、家族の人たちのことはお分かりになるでしょう。
「うちの子は、気の優しい子だ」と思えば、その子は優しい人といえます。
「うちのおじいちゃんは、頑固だ」と思えば、おじいちゃんは頑固な人なのです。
それがその人を決めている本来の姿なわけです。

どのような思いで生きてきたかが、その人自身なのです。
どのような考えを主に生きてきたかが、その人の真の姿なのです。

初めに「人は思っているとおりの人間である」と書きましたが、この言葉が示す通りなのです。

そして、「あの人は優しい人でした」という思いの姿に、
名前が付き、肩書が付き、仕事をし、また年齢が付き、家族がいてと、
その人自身を形作っているわけです。

思いが人を作り上げているのです。

思いの具体化

思いが、その人自身を形作っていくならば、
この思いを上手に使って生きていくのが懸命な生き方だと思います。

思いが、やがて形となってあらわれてくるという法則を上手に使うわけです。
今回のテーマの「思いが仕事をする」ということです。

たとえばお金に付いて考えてみましょう。
お金のことについてどう思っているかです。

平成20年9月6日の「週刊現代」に載っていたものです。
少し前になりますので、今はどうなっているか定かではありませんが、
当時のものを使ってみます。

最新ドラマの主演女優の1時間あたりのギャラ(出演料)が載っています。
広末涼子さんは120万円もらっているようです。ランクでは21番です。
米倉涼子さんは4位で200万円、1位が仲間由紀恵さんで、350万円。
有名になると、ギャラも高くなりまね。

この金額を聞いてどう思われますか。

セブンイレブンで、バイトをし、1時間働いても700円くらいしかもらえません。
それと比較するのは酷(こく)かもしれませんが、比較してしまうのです。

そうして「そんなにもらって許せない」と思う。
そう思った人はお金が逃げていくでしょう。

「よく頑張って、そこまでギャラをもらえるようになったなあ。偉いぞ」
と思った人は、お金に愛されるでしょう。

お金についてどう思っているかで、
お金持ちになったり貧乏になったりするのは考えられないことかもしれませんが、
思いがお金を作るともいえるのです。

お金の思考法

マイケル・J・ロオジュさんが書かれた『引き寄せの法則』という本に、
お金についてこんな考え方が載っていました。

初めにお金についてマイナス思考を挙げ、
次にお金についてのプラス思考を挙げています。

10項目ありますが、ここでは5つほどにします。

お金に対してのマイナス思考

1、十分なお金がない
2、かつかつの生活だ
3、欲しいものを買う余裕がない
4、収入が不安定
5、うちの家族には簡単にお金が入ってこない

お金についてのプラスの思考

1、あり余るほどのお金
2、つねに余分なお金がある
3、欲しいものは何でも買える
4、さまざまなところから安定した収入がある
5、お金は簡単に入ってくる

どうでしょう。
どちらの思いを、普段お持ちになっていられるでしょうか。

「お金がない。お金がない。欲しいものを買う余裕もない。貧乏だ」
と常に思っている人は、お金には無縁になってくるでしょう。
なぜならば、そう思っているからです。

お金がないと思えば、お金は入ってこないわけです。
思いは仕事をするのです。

お金についての原点は「私はお金には困らない」と思うことです。

この思いを深く心に刻み込み、
「余るほどのお金があって、欲しいものは何でも買える」
そう常に思って暮らしていることです。

「そんなうまいことを言っても、世間は厳しい。
思うだけでお金が入ってくるなんて考えられない。
それだったら仕事もしなくていいじゃないか」
と思ってしまうと、お金に困る人生になります。

お金には困らないと思い、一生懸命働くことです。
「働くは、ハタ(周囲)を楽にすること」ですから、
自分の仕事が人様の幸せに通じていることを誇りに思い、日々努力を積み重ねていくのです。

是非思いの転換をし、お金には困らないと思うことです。
そうすると、やがて思いが仕事をし、お金に困らないようになってきます。

家族を思う

家族のことを考えても、人が家族をどう思っているかで、
その家庭が幸せにもなり不幸にもなるのです。
思いが大事であるということです。
たとえば夫婦がお互いどう思っているかで、幸せが違ってきます。

「老後は円満」という投書があります。
82歳の女性の方です。

「老後は円満」

見合は一分間。
デートなし。

結婚して四十年間は
性格、趣味、ものの考え方すべて正反対で、
我慢比べの日々だったけれど、
六十年たった今は、あなたでよかった。

終わりよければすべてよし。
「おおきに。ありがとう」。
いつでもどこでも一緒や。

中日新聞 平成20年8月27日付

耐えて六十年でしたが、「あなたでよかった」と思っています。
互いがそう思えるならば、夫婦円満です。それが家族の和を作っていくわけです。

この子供でよかった。お母さんでよかった。お父さんでよかった。
おばあちゃんでよかった。このお嫁さんでよかった。
みんなが、そう思っていれば、みんな幸せになっていけるのです。

思いを上手に使っていくことです。
思いには、とても大きな力があるといえましょう。

(つづく)