ホーム > 法愛 > 法話

法話

心の健康を考える 3 身体の健康について

先月は心と身体の関係や、心の存在の大切さをお話し致しました。
そして心と身体は互いに影響を及ぼしあっているというところで、お話を終えました。
その辺から続きの話をしていきます。

心の思いが身体の健康に影響を与える

先月の終わりに、江戸時代の志賀瑞翁の話をしました。

「気を長く持つ」と、
その心の思いが身体にも影響して身体の負担を軽くして長く生きられ、
逆に「気が短い」と
その心の状態が身体にまで及んで、気の短さが身体に重荷になって、
身体を長く使えなくしてしまうという話でした。

一般的には身体が健康なときは心も生き生きしていて、
病気のときには心も病んできます。

心がストレスなので病んでいると、
やがて身体にまで影響してきて何かしら身体に悪い影響を及ぼしていきます。
胃潰瘍や最悪の場合がんにかかるときもあるかもしれません。

ですから心を回復させ、心が健康になってくると、
身体にまでその心の力が影響し、健康になってくるといえましょう。

身体の健康を考える場合には、食事、運動などに心がけるばかりか、
心のほうにも気を配り、あまり精神的負担がないようにする
ということが大事になります。

また、身体のほうばかりに気を配って、心を置き去りにしてしまうと、
やがて健康を害するということもあるのです。

日ごろの生き方を正して、心にも気を配っていることです。
心と身体は互いに影響しあっている証拠です。

正直な心

江戸時代の前期に活躍した天海(てんかい)というお坊さんは、
104才まで生きたと言われていますが、将軍家光に長生きの秘けつを聞かれたところ、
こう答えたといいます。

正直、粗食、日湯(にっとう)、陀羅尼(だらに)、
ときどきご下風(かふう)あさばさるべし

まず正直をあげています。これは心の状態を表しています。
正直は、心の不安をのぞき、また心安らかに生きられるコツなのです。

嘘をついていると、いつも心に負担があり、重荷を背負っているようで、
それがやがて身体に影響して、病気になりやすくなるのです。

松原泰道という臨済宗ではかなり有名なお坊さんがおられました、
100才ぐらいまで生きて、亡くなるまで教えを伝えた方です。

縁あって、松原さんのお話を何度も聞きました。
その話の中に、がんにかかり、入院生活をしていたお坊さんの話がありました。

ある日、その和尚さんの所にお見舞いにいくと、
奥様が「和尚さんにはがんであることを内諸にしてありますので・・・」
と言われ、病室に入りました。

ベットで寝ている和尚さんに、早く良くなるようにというお話をしていると、
その和尚さん、「松原、ちょっと近くに来い。内緒の話がある」といいます。

内緒の話とは、
「俺はがんでもうあまり生きてはいられない。このことは女房には黙っておいてくれ」
というのです。

そのとき松原さんは「分かった」という返事をして、
奥様にもこのことは内緒にして帰ってきたといいます。

その後、和尚さんが亡くなって、
松原さんが葬儀に参列したときに、奥様に
「実は和尚さん、がんであることを知っていて、
それを奥様には内緒にしておいてくれと言われていたんですよ」
と語ったそうで、そのとき奥様が
「そうでしたか・・・。守られていたのは、私のほうでしたのね」
と、涙したというのです。

そんな話を聞いたことがあって、とても印象的だったので今でも覚えています。

これは一つの美談でありますが、
一般的に、互いに真実を隠しているというのは、辛いことです。

恐らく心にストレスがたまり、
正直に真実を語って、余命を「ありがとう」の思いで過ごし、
最期のお別れをちゃんとしておいたほうが、私は良いと思います。

「長い間お世話になったなあ」「いえ私こそ、ありがとう」
と言って、お別れの涙を流す。

そのほうが、心の負担は軽く、安らかな思いを多く持てるような気がします。

正直さとは少し離れる話であるかもしれませんが、
心素直に、正直に暮らした方が、身体にもいい影響を及ぼしていくということです。

食事とリラックスについて

正直さを言いましたが、
さらに健康であるためには、粗食がいいといいます。
今でいえば食生活に気をつけるということです。

バランスの取れた食事を、決められた時間に、よく噛んで食べるということです。

ある医師(新谷弘美)は健康と長寿の原点を5つあげています。
食事、水、排泄、運動、休養、そして精神的な充実感です。

身体の健康には、毎日取る食事が結構、健康を左右させているようです。
私は少し腸が弱かったので、玄米に代えてから、少し腸も元気になりました。

医師によっては「水を取れ、取るな」、「塩を取れ、取るな」、
「朝食はちゃんと取れ、いや朝食は抜いたほうがよい」とさまざまで、
要は自分にあった食生活をすることが大事になると思います。

3番目に日湯をあげています。
これはお風呂に入ることで、身体を温めろということです。

現代でも、体温をあげることが健康を維持するための大切な要因になっています。

今は低体温の人が多いようで、体温が35度代の人もいて、
35度くらいが、がんが一番発生しやすいようです。

昔は風邪をひくと、お風呂に入らないようにといいましたが、
今では風邪の初期であれば、お風呂に入って身体を温め、
ゆっくり休養を取った方が良いようです。

体温は免疫と関係していて、
体温が高いと免疫力がアップし、病気と闘う力がでてくると聞いています。

4番目は陀羅尼です。これはお経を読むことです。

一般の人は、お経はあまり縁のないことかもしれません。
でもここには2つのことが関わっていると思われます。

1つは大きな声を出すということです。
本を朗読したり、新聞の記事を声を出して読むと、ボケないといいます。
カラオケで大きな声を出して歌うのもよいのです。

もう1つは信仰心(信心)を持つということでしょう。

お経はお釈迦さまの言葉を記しています。
そのお釈迦さまを尊い方と信じ、尊敬してお経を読むのですから、
読めば読むほど、尊敬の念を養え、穏やかな思いになるので、
それが身体にまで影響して健康を保てるわけです。

最後はご下風(かふう)です。
これは下の風ですからオナラになります。

オナラを我慢していると、結構お腹に負担になります。
言い方が適切ではないかもしれませんが、
オナラが気持ちよくでたときには、お腹もすっきりとします。

ここには、リラックスするのが良いということも含まれていると思います。

身体の健康は、大切な宝です。

この心という主人を乗せて、
この世という世界でさまざまな体験を積ませていただくのですから、
なるべく故障しないように、大切に扱うことが必要です。

心の健康を考える 4 心の健康

心を病気にさせるもの

では心の健康を考えていきます。

身体の健康は随分本などがでていて、学ぶことができますが、
心の健康となると、その類(たぐい)の本は見つけにくくなります。

先月号でも、人が車に乗るように、心は身体に乗り、
この世を走って、さまざまな体験を積みながら成長していくというお話し致しました。

その心自体が病気になってしまっては、この身体も乗りこなせないし、
この世の学びも積めなくなってしまいます。

まずこの心を蝕(むしば)み病気にさせるもの、心の毒といってもいいでしょう。
その毒を少し挙げてみます。

取り越し苦労、不安、恐れ、我欲(がよく)、怒り、貪欲(どんよく)、
不平、不満、自分勝手、利己的、嫉妬(しっと)、疑い、怠惰(たいだ)、
うらみ、うそをつく思い、いつわりの思い、ねたみ、失望、不信仰、不信心

読んでいるだけで、病気になりそうですね。

これらはみな、心を病にする毒といえます。
心を害するマイナスのエネルギーなのです。

不思議なことですが、
「これは毒きのこだから食べないようにとか、
これは毒が入っている餃子(ぎょうざ)だから、食べないように」と言われると、
ほとんどの人が気をつけて食べないようにします。

しかし、「心を病気にするような、これらの毒を食べないように気をつけましょう」
と言っても、いつの間にかこの毒を心に食らってしまうのが私たちです。

「不平不満な思いは、心を病にしますよ」と分かっていても、
つい不平不満の思いがふっと起こってきて、
それが言葉に出、行動に出てしまいます。

「女房が敬語そうとう怒ってる」という川柳がありましたが、
怒ってはいけないと知っていても、つい怒りが出て心を乱してしまいます。

車イスのマークを貼って、
障害者でもないのに、障害者向けの駐車スペースに車を止め、
平気でいる人もいます。

これは我欲であり、自分勝手という毒に心がやられているからです。

これらの毒を食らわないように、
常に心の健康を考えて生きていることが大切になるのです。

心の健康を考える

心が常に健康でいられるために、常に教えを学びとっているが大切です。
教えは心の乱れを取り、どのように生きることが正しいかを教えてくれるものです。

お釈迦さまの教えの中に、

真理を喜ぶ人は、心きよらかに澄んで、安らかに臥(ふ)す。
聖者の説きたもう真理を、賢者はつねに楽しむ。

(『真理の言葉』中村元訳 岩波文庫)

とあります。

「真理すなわち教えを喜んで受け取り学んでいる人は、
心がきよらかで安らぎに満ちている」というのです。

前章で心の毒となる一つに、「不安」がありました。

不安の反対は安らぎですから、
不安という毒を食らわないために、教えと言う薬(栄養)をいただくわけです。
すると、安らぎという心の健康を得ることができるわけです。

この「法愛」も一つの教えで、心の健康を保つためにあります。

考え方の根底はお釈迦さまの教えですが、
未熟な話し手なので、誤解を招く表現もあるかもしれません。
そんな未熟な点は、寛容に読み流していってください。

この不安については、まず、
「人生には不安はつきものである」と悟っていることが大事です。
「この世は諸行無常である」と悟るのと似ていますね。

不安には、病の不安、老いの不安、死の不安。失敗や成功への不安、さまざまです。

自分はこんなに心配事が多くて不安である。それなのに隣の家は幸せそうだ。
そんな時があるかもしれません。

でも、隣の家庭もそれぞれの不安を抱えて生きているのが人生です。
さまざまな人の知れない不安を乗り越えて生きているかもしれません。

Aの家庭、Bの家庭、Cの家庭のすべての人が
ずっと不安なく幸せに暮らしていうのではないわけです。
どの家庭でも不安を抱えて、それに打ち勝とうとして生きています。

子供がいない家は、子どもがいる家は幸せそうだと思う。
一方、子供がいる家は、たまたま子供が犯罪を犯してしまって、
これなら子供がいないほうがいいと思う。

そんなさまざまな不安を抱えみな生きています。

「みんな不安を感じ生きている。
だから他の人の幸せをうらやむことなく、相手の幸せをたたえてあげ、
自分も幸せになろうと努力していく」というのが一つの教えになります。

不安の8割は取り越し苦労から来ていると言われています。
ありもしないことに不安や心配をして暮らしているわけです。

不安を紙に書き出しても、おそらくすべての不安がやってくるわけではなくて、
自分の思いすごしのところが多分にあるのです。

どうなるか分からない未来のことを、あれこれと思い悩まないということですね。

時計が私の机の上にあります。

この砂時計は3分間ですが、
一度に砂を落そうとするのでなく、小さな穴から少しずつ砂を落していきます。

人生も同じで、できることを一つひとつ解決していけばよいのです。

さまざまな不安があるけれども、
全部一度に解決するのでなく、一つひとつできるところから解決していけば、
砂時計の砂がやがてみな下に落ちるように、すべてがきっと解決していきます。

もう一つの教えは、
不安が来ても、それに左右されない備えをしておくということです。

東日本大震災では、地震が来る前に、避難訓練をしたり、
さまざまな備えをしいたはずです。

訓練をしていなかったら、もっと被害は拡大したはずです。

冬になれば寒さに耐えるための備えをします。

アリとキリギリスの話のように、
夏の間しっかり働いて冬の備えをしたアリは安心して冬を越します。

でもキリギリスは遊んでばかりで、
冬の備えをしておかなかったので死んでしまうわけです。

健康を保つための心の備えの一つは、あたたかな家庭を作っておくということです。

野球選手の松井秀喜氏のお母さんは
家庭の理想像を「子どもは船乗り、家は港」と言っています。

家族がいつ帰ってきても、安心して休めるところが家というのでしょうか。
互いが支え合って、ほほえみの絶えない家庭を作っておくことです。

そのために人として何が正しく、何が間違っているのかという教えを常に学び、
勉強しておくことが大切になります。

神仏を信じる心を持ち、
やさしさ、思いやり、勤勉努力、感謝の思いを日ごろから培っていく姿勢が、
いつ不安な出来事が起こっても、それを乗り越える力になっていきます。

ここでは特に不安についてお話し致しましたが、
心の健康を保ち、さらに心を正しながら、この身体と一体となって、
自らの幸せと他の人の幸せのために生きていったとき、
やがて心が身体を離れるとき(死を迎えたとき)に、
悔いのない人生であったことを思うのです。

そしてその生き方に合った、あの世の世界へ、人(心)は帰っていくのです。

心の健康を充分には語り尽くせませんでしたが、
心の大切さを今一度考える機会にしていただければ、幸いです。