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法話

理解力を養う 4 見えないものを大切にする理解力

見えない尊い思い

相手を理解するためによく学んで自己を向上させていくのですが、
相手の思いは見えませんから、見えないものを大切にしていくことが
相手を理解していく鍵(かぎ)になります。

なぜならば、見えない尊い思いでみんながつながっているからです。

見えないものとは「愛、慈悲、やさしさ、勇気、知恵、美しさ、善」などです。

顔や身長、体重、あるいは時代や文化が違っていても、
この見えないものをみな心の内に持っています。

地球の表に住む人も、地球の裏に住む人も、やさしさを分かち合うことができます。

この見えない尊い思いを自分の心の中に育てれば育てるだけ
相手の気持ちが分かるようになります。

心の内に愛を培ってきた人が、相手の愛の思いを知るわけです。
不思議な世界がそこに開けてきます。

さらにこの見えない尊い思いは、神仏のみ心に至るのです。

「アリとハト」のやさしさから知ること

ここでイソップ童話をもう一つお話しして、このことを考えてみましょう。

イソップという人は7月号にも書きましたが、
ギリシャの人で今から2600年ほども前の人です。

時代や文化、受けた教育、家庭環境もまったく違う世界で生きて、この童話を作った人です。

「アリとハト」というお話があります。

ノドの渇いたアリが池にやってきて水を飲もうとしました。
そのとき、つい足を滑らせ池の中に落ちてしまったのです。

おぼれそうになったアリを近くの木にとまっていたハトが見つけ、
可哀そうだと思って、水の中でもがいているアリに、
一枚の葉っぱを落としてあげました。

幸いアリはその葉っぱに這い上がり、岸にたどりつくことができたのです。

しばらくして、今度は池の近くを通りかかった猟師(りょうし)が
ハトを見つけ鉄砲で撃ちおとそうとしました。

それを見たアリは、さっきのハトへの恩返しと思って、
猟師の足に思いっきり噛みついたのです。

猟師が、「あっ、痛い!」と叫んだ時、
ハトは猟師に気づいて無事逃げることができました。

こんな話でした。

アリが池に落ちておぼれそうになっていたとき
ハトが葉っぱを落としてアリを助けてあげました。

アリを助けようとするハトのやさしさです。

ずっと前に知らない人が書いた童話ですが、
2009年の9月に生きている私たちは、このハトのやさしさが分かります。

なぜ分かるのでしょう。不思議です。

時代も違い文化も違う、そんな人の書いた童話なのに、ハトのやさしさが分かる。

アリさんが助けてくれた恩返しに、
命がけで、猟師の足に噛みついてハトを助けてあげた。
アリの気持ちの尊さも分かります。

なぜかというと、見えない尊い思いがみんなの心の中にあって、
その尊い思いでみんながつながっているからです。

そういう尊い思いを大事にしたときに、
世界の人たちが一つになることができるのだなあ、と思います。

その一つになった思いが、仏とか神の心につながっていくことが分かるのです。

神仏に近い人はそれだけやさしさを大切に生きている人です。

さらに、やさしさを大切に生きている人は神仏の気持ちも分かってくるのです。

そういう思いを実感したとき、難しく言えば自他一体の境地が開けてくるのです。
顔形が全く違っているのに、私とあなたは一つですよ、
という真実が分かってくるのです。

実際には隣の人と私がつながっているなどとは理解しがたいものがありますが、
見えない世界の中で、やさしさを感じ取る気持ちをみんが持っていて、
素直にやさしさの中に自分の心を染めた時に、私とあなたは一つなのだ
ということが分かってくるのです。

神近き人、仏近き人はやさしさそのもの、愛そのもの、慈悲そのものであるわけです。

ですからやさしさを生きている人は、そこに神仏が重なっているのです。
言い方をかえれば、神仏に守られていることになります。

そしてこの肉体を離れ去ったときに、神仏のみ手に導かれていくのです。

見えないものを大切にしてくことで、
さまざまなことを理解する力を高めていくことができます。

3回にわたって理解力ということでお話をしてきました。

この理解力で大切なことは、まず相手を理解してあげようと思うことです。
自分の仕事や幸せの意味、あるいは真理の世界を理解しようと思うことです。
ここからすべてが始まっていきます。

そして、相手を理解するためには、我欲を捨て、欲をおさえ、与える側に立ち、
自己を調えていくことです。

さらに、見えない世界の尊い思いを心の内に大切に育み、生きていくこです。

そんな地道な生き方がやがて理解力を養っていく道にも通じていくのです。

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