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法話

みんな何かを教えている 2 「出会いの素晴らしさ」

先月は「人が生まれてきた目的」という章で、学ぶために私たちは生まれてきたというお話をしました。続きのお話をいたします。

仏が与えてくれた

「人生はすべてが学びである」と分かると、苦しみも悲しみもやがて自分の心の栄養素になって、どこまでも自分が大きくなっていけます。 そこで、人生のなかでそんな学びの場をどう発見し、どのように自分の人生に生かしていくかが問題になります。

さらにもっと大きな視点から考えてみると、その学びの場を提供しているのが、大いなる存在(神仏)なのです。「何故そうなのか。説明せよ」と言われても明確に説明はできませんが、私はそう信じています。

初夏のころであったと思いますが、朝、庭の掃除をしていると、まだ羽も生えていない小さな鳥の雛(ひな)が地面に落ちていました。 すでに息絶えていて、そこには小さな蟻がたくさん群がっています。「巣もないのに、どこから落ちてきたのだろう」と思いながら、蟻が群がっているので、そのままにして掃除を続けていました。 すると2〜3日して見ると、その場にあった鳥の雛は跡形はなくなっています。おそらくあの蟻たちが自分たちの巣へ運んでいったのでしょう。 それを見て、自然はなんと無駄がないことかと思ったのです。

それとともに、「こんな無駄のないシステムは、決して偶然にはできはしない。きっと何かが在らしめているのだ」と思わずにはいられなかったのです。

私はいつも神仏のことを思います。

この大自然の動きも、神仏の現われであると信じています。そして神仏は「人間よ、私が在らしめているこの地球という場で、多くを学べ。 苦しみも悲しみも助け合って乗り越えよ。そのように学び続けて人格を高め、愛に生きて、私のようになれ」と。そう言っているのだと思います。

お釈迦様との出会い

神仏は多くの出会いを私たちに与えてくれました。

私がこうして皆さんの前でお話をするようになったのは、三十代の後半からのことです。 一応、本山の布教師の免状は持っていて、頼まれて全国のお寺さんを廻ってはお話をしていました。 しかし自分の檀家さんとなると、日ごろの私を見られていて話しにくいし、 みな私より年配で、「こんな年下の者が、恐れ多くもお話などできはしない」と思っていたのです。 しかし、何故そんな未熟な私が皆様の前でお話をするようになったのでしょう。

それはお釈迦様との出会いがあったからです。

私がお坊さんになったのは20代ですが、お釈迦様の名前を知り、教えを頂いていても、それまでお釈迦様と本当の出会いをしていなかったかもしれません。

お釈迦様の弟子に対する唯一の使命は「伝道せよ」ということです。
伝道があったからこそ、仏教はインドを経て遠くこの日本にまで伝えられてきたわけです。 お釈迦様が、「私の弟子であれば、老若男女を問わず教えを伝えなさい。 そんなことでつまずいていないで、法を伝える使命を果たしなさい」と言っていることが分かったのです。 そのことを理解したとき、恥ずかしさはさておき、法を伝えることに専念することが、坊さんの仕事であると悟り、皆さんの前でお話をするようになったのです。 その時初めて私は、お釈迦様と真なる出会いをしたかもしれません。それからしばらくして、『法愛』も出すようにもなりました。

家族との出会い

先日私のお寺でお盆の前の施餓鬼法要(せがきほうよう)があって、たくさんの方々がお参りにこられ、ご先祖様のご供養を致しました。

家族には夫婦があり、子があり、お年寄りがいます。これも家族の出会いといえます。 そして家庭という場で、互いが多くを学ぶのです。今の家庭は核家族化してしまい、昔の大家族の姿は見られなくなりました。 若い者がお年寄りから学び取るということは、かなり難しくなってきました。 ですから、最近では「親学」などという辞書にも出てこない言葉も使われるようになりました。

政府の教育再生会議では、この(平成19年)5月に、親学として子育てに関する保護者向けの緊急提案が出されました。 この案件は見送られたようですが、そのなかには、「若いときから子育てを自分のこととして考える」とか、「早寝、早起き、朝ごはんを習慣化する」とか、「授乳、食事中にはテレビをつけない」とかの、 子育てではごく基本的なことが挙げられていました。 そのようなことを政府が提言しなければいけないような時代になったというのは、 家庭の役割が果されていないことを象徴しているようで、なぜか寂しい気持ちもしました。

また17年版の犯罪白書のデータから、ある新聞では少年非行の原因が親に問題があると分析し、「未熟な親の存在がはっきりと浮かび上がっている」と指摘している方もおられました。「少年院教官が見た非行少年と親の問題点」では、親の問題で一番多かったのが、子供の行動に対する責任感がないということでした。 さらには子供のいいなりになっているとか、子供の行動に無関心であるとか、子供の問題を他のせいにすると続いています。 どうも親の子育てへの責任感が薄れてきている、あるいは逆に過度になりすぎているようで、そのためか親学という言葉も出てきているのでしょう。

要は親は子供から子育てを通して親としてのあり方を学び、子は親から社会に出て困らないように人としての学びを積むのが、家庭という場であるわけです。 それぞれの出会いを偶然の出来事と考えるのでなく、「何かを学び取れ」と神仏が与えてくださったと考えたほうが、より親子の関係は深くなると思われます。 偶然にと思っていては、「この子が生まれて自由がなくなり邪魔な子だ」と思うのも無理からぬものがあるかもしれません。

せのおまさこさんという方が、自分のおなかに宿った赤ちゃんとお話をしたことを『ママと、生まれるまえからお話ができたよ。』(リヨン社)という題で、本にしたものがあります。 信じられないことですが、おなかの赤ちゃんと筆談できる人もいるようです。せのおさんは、自分の赤ちゃんとお話ししたことをノートに何冊も書き、それをまとめて本にしたのです。

そのなかで、「どのおかあさんのところにいくかは?」と聞くと「自分できめる。いつかもきめる」とあります。  26週目に入ったときの対話です。35週目のときには、「あかちゃんはそれぞれ使命をもっているよ」と伝えています。  偶然に生まれてきたのではないとはっきり伝えています。

またこの子の名は「もえ」という名ですが、28週目に「もえが生まれるときには、かみさまがみているからだいじょうぶ」とも伝えています。 神仏の存在を確信しています。神仏は見えないけれども、私たちのすべてに何らかの影響を及ぼしていることは確かでしょう。

家族に学んだこと

私のことですが、父が亡くなってから、私が修行に出たのでお寺に住んでいる人は母一人になりました。 私が修行から帰り、二人になりました。それから間もなくお嫁さんが来て三人になりました。 そして四人の子供を授かり、しばらく七人家族で暮らしました。今は四人になってしまいましたが、子育てで多くのことを学んだと思います。

そのなかの一つが「幸せ」ということです。

幸せを規定するのは難しいことですが、家族の視点から考えれば、子どもと一緒に暮らせることそのものが幸せであるということです。

子どもの名を呼ぶことができ、お父さんと言ってくれる。誕生日をしてあげたり、してもらったり。父の日にはきれいな花をいただける。

子どものいないご夫婦で、奥さんが一生お母さんの日にカーネーションをいただけないと思っていたら、今まで可愛がっていた姪が母の日にカーネーションをプレゼントしてくれたという。 それが嬉しくてたまらなかったという話をどこかで読んだことがありましたが、「母としてカーネーションをいただけるだけでも幸せであるんだなあ」とそのとき思ったことでした。

日々あたりまえの出来事が、子どもがいて初めてできる。それを尊いことであると知れば、幸せとは、なんと身近なところにあるのかと思います。 またそんな身近な出来事のなかに幸せがあると、子どもたちに教えていただいたのかもしれません。

『しなの子ども詩集』41集に、小学校4年生の柏木麻美さんの詩が載っています。「母の日」という題の詩ですが、家族のあたたかさと麻美さんのお母さんへの思いが、とても純粋できれいで、このお母さんは幸せものだと思えてきます。

母の日

たった一人の私のお母さん。
私の大事な大事なお母さん。
その母の日がやってきた。
母の日ということでちらしが来ていた。
ちらしを見ていると、
いいプレゼントがたくさんあった
ブローチをプレゼントすることにした。

お父さんとお兄ちゃんと
いっしょに買い物にいった。
「これがいいんじゃないか。」
とお父さんが言った。
よく見てみるとお店のかざりだった。
二人でわらってしまった。
青いブローチを買った。

お母さんにわたすと
とてもとってもよろこんでくれた。

「たった一人の私のお母さん」や、「私の大事な大事なお母さん」と書いているところは、幸せが満ちていますね。 そしてみんなでお母さんのために買い物にいった情景も、とても和やかで幸せそうです。 こんな小さな出来事の中に、大きな幸せがあるのです。家族が日々の出来事のなかで、幸せの意味を互いに学んでいるのです。

二番目に学ばさせていただいたのは、「責任感」です。

子育てには時間とお金がかかります。仏教的には時間を布施する学びをしているともいえます。「この子がいて私の時間が減り自分のことが何もできなくなってしまった」と思うときがあります。 その考えが心の中でコンクリートのように固まってくると、子どもを邪魔者扱いにするようになります。 これは非常に無責任な考え方です。私のもとに生まれてきてくれたのだと思い、責任をもって自分の時間を分け与えてあげられる親になることが大切です。 子育てには時間がかかるのが鉄則ですから、自分の時間を布施するなかで、子育てに楽しみを見出す心の訓練も必要になりましょう。

お金のこともそうです。子育てにはお金がかかりますから、一生懸命働かなくてはなりません。 子どもに一人前の生活をさせてあげたい、学力をつけさせてあげたいと思えば、真面目に仕事に打ち込み、食べる糧を家に運んでこなくてはなりません。 私の子供たちが大学へ行くようになって、あまりにもお金がかかることに驚き、本を買うのをしばらく我慢したことがありました。 私にとってこのことは、大きな痛手ではありましたが、子を育てるという責任感があったからこそできた行動でした。

夫婦の出会い

夫婦になるのも、大切な出会いです。今は二分に一組の割合で離婚があるといわれていますが、もう少し、お互いを理解する努力がいるような気が致します。 たとえば精神的なことで共有できるものを持っていることや、定年になる前に、夫婦でともにできることを少しずつ増やしていくような工夫も必要です。 定年なって急に旦那さんが一日中家にいるようになれば、奥さんも大変になりましょう。また旦那さんも、日頃から家事を手伝うような理解も必要でしょう。

夫婦で学ぶことは人それぞれでしょうが、互いが理解し合うというのが、学びの一つにあると思えます。 理解するためには、自分の我(が)をおさえて、相手の考えに耳を澄まさなければなりません。 互いが育った環境も違い、習慣も違い、考え方も違う人が一緒に暮らすのですから、衝突があるのはあたりまえでしょう。 文化と文化の違いを少しずつ埋めていって、助け合う精神を養っていくことが大切です。 家庭の柱はやはり夫婦にありますから、その夫婦がうまくいって、家は調うといえます。

私自身学んだことは、夫婦の原点に、お互いを慈しみ、尊敬し合うことが必要であるということです。 これさえぶれなければ、長い間連れ添っていても学び多き夫婦関係を築いていけると思います。

家庭は夫婦や子どもの関係ばかりでなく、お年寄りとの関係もあります。 また役割によってそれぞれの見方も違ってきます。 妻としての見方、嫁としての見方、母としての見方、姑としての見方、おばあちゃんとしての見方、それぞれでまた考え方や行動まで違ってくることでしょう。 小さな家の中で、多くの役割を演じることができるのも、この家庭が学びの場である証拠です。 この学びの場を提供しているのが、大いなる存在(神仏)であると知れば、より一層、家庭の場を大切にできるはずです。

(つづく)