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仏事の心構え(123)

仏像の見方について 3 如来1

今回は「仏像の見方」の3回目になります。
今月は「如来1」についてお話を致します。

如来は先月お話ししたように、
時代に残っていくような教えを説き、多くの人の心を正し、幸せにしていく、
そんな働きを持った人のことをいうと説明致しました。

悟りの深さと救済力を兼ね備えた仏様といえます。

如来はこのどちらも持っているのですが、あえて分かりやすくいえば、
悟りの深さでは釈迦如来であり、救済力でいえば阿弥陀如来になるかもしれません。

まず仏像は、悟りの象徴としてあるので、その姿は非常に質素です。
これは真理は単純で分かりやすいというところからきているかもしれません。

如来の姿は一枚の衣を着ているだけで、装飾品はつけていません。
非常に単純で分かりやすいといえます。

姿は質素なのですが、
その悟りの深さと救済力を光背(こうはい)が表しています。

光背とは仏像の後ろにある大きな一枚の花びらのような形をしたものです。
それが悟りの深さと救済力の大きさを光として表しているのです。

この光背には大きく分けて挙身光(きょしんこう)と頭光(ずこう)の2種類あります。

たいがい如来の光背は挙身光です。
挙身光は前述したように大きな一枚の花びらのような形をしています。

頭光は頭の背後に丸い形で表されています。光の輪のような形をしています。
これは菩薩に多くみられます。

光背の光が大きければそれだけ悟りと救済力が高いわけです。

この挙身光にもさまざまな種類があり、
蓮の花の花びらをかたどって光背にしたものや、
船の形をしているもの、火が燃えるようなものもあります。

また、光背の中に天女を描いたものや、たくさんの仏の姿を描いたものもあります。
特に千の仏を描いたものを千仏光(せんぶつこう)といいます。

さらに、その光背が非常に大きくなり、
脇仏である左右の2人の菩薩をおおうほどの光背をつけた仏様もいます。

長野の善光寺の阿弥陀如来や奈良の法隆寺の釈迦如来がそうです。


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